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この事件の最初のニュースが流れた時、やはり私としては「そんなことはありえない・・・」という感想を持ちました。
そして、大変危惧したことは、動物への認識が少なく、あのニュースを見た一般の方々がなんの疑いもなく猫の仕業であったという「知識」を頭に植え付けられてしまうことが、これからの地域猫や野良猫への迫害になるかもしれない、施設へ出入りし、そこでかわいがられている猫がとたんに「危険」という目で見られ、捕獲処分ということになるかもしれない、
そんなことにもなりかねない危険なニュースの報道の在り方と、報道をすぐに鵜呑みにする現在の風潮に、非常に危機感を覚えたのです。
また、ちょっと疑問視はしたけど、すぐに忘れてしまい、頭の中に「猫がやった酷い事件があった」という記憶が刷り込まれただけで終わってしまうことも危惧しました。
報道や情報の恐ろしい面は、たまたま見たニュースのタイミングのことだけで、信じて終わってしまうということがあり、「真相」までちゃんと知ることなく、中途半端なイメージで終わって認識されたままになってしまうことがある、という点です。
今回の件で、熱心に情報収集をしてくださったサポーターの方も「ホームの中には、アニマルセラピー効果を狙って猫を飼っているところもあるそうですし、マスコミも世間様も、最初だけ話題として取り上げても、時間が経って発覚した真実は放置、又は興味を示さない方のほうが多いお国柄ですから、仮に当初と違う事実が発覚しても、それが認知される事は難しいのではないか・・・と、このニュースを聞いた時に真っ先に危惧した事です。」とおっしゃっています。
マスコミ、報道関係者には、慎重な報道をして欲しいのと同時に、私たちがこうした報道を目にした時、どうとらえ、どう対処することが、動物愛護活動を「白い目」で見られることなく、「常識」として多くの方に受けいられて賛同してもらえるのか、その視点を忘れずに行動することこそ、大事であると考えます。
今回の事件では、きっと、私を含め、賛同者の皆さんのほとんどは、「猫のはずがない」という印象を持たれたことと思います。
しかし、決して感情的になって「そんなこと!猫がするわけないでしょう!」と抗議する方法はとるべきではない、と考えました。「愛するわが子に限って!」という感情だけで、証拠もなしに無実を主張することは、猫を犯人と確信した相手には説得力がありません。
だからこそ、専門家としての意見を言える人はいないか、と、専門家の意見を待ち望みました。今回、「週刊文春」さんが、ベテランの獣医師さんたちに取材し、意見を聞いてくださり、記事にしてくださったことに、心から感謝いたします。(※サポーターの方が、即お礼の電話を週刊文春さんにかけてくださいました)
また、いくつかの愛護団体さんが、理性的に見解を述べ、所轄警察や保健所に事実関係の調査を求める考えを表明してくださったことにも、感謝します。
そして、動物行動学や動物生態学の専門家ではない私たちも、理性的な判断で「疑問」を投げかけ、「声」をどんどんあげていくことも、大変大切なことだと思います。
サポーターのお一人は、このように述べていらっしゃいます。
「この様な事件が起きた時に、一番大切なのは「事実」です。
証拠も無しに猫は犯人。
V.S
証拠も無しに猫は無罪。
客観的に見ると、お互い同列にも関わらず非難をしているわけです。
これでは、どちらにも説得力は無いわけですよね。
まずは、事実の確認から始めなくてはいけないのではないでしょうか?
感情論ではなく事実の開示を求めてゆくのが、適正な方法では、ないでしょうか?」
私たちは、確実な「犯人」の「証拠」を捜査してください、と警察にお願いをしました。
「証拠」として、何があがってくるのか。。。
このような事件の再発防止のためにも、真実が解明されることを、切に願っています。
2005年10月14日午前3時
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