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コンパニオン・アニマルとの適正関係の模索―人間社会の希薄化において― ハル著

常に変化する社会において、動物に対する愛護思想も、変化せざるを得ない状況にある。ただ単に動物を可愛がる時代は過ぎ、今や動物と人間の共生について考えなければならない時代に来た。私たちの意識を向上させ、社会の体制を整えることが、とても重要になっている。
下図は、行政に対する要望を示すアンケート結果であり、生活に密着した伴侶動物に対して思うところである。動物に対する関心の強さに加え、伴侶動物と暮らす生活に以下のような必要性を感じている。ここは個人と行政が、より地域に密着した体制を作る要点であり、今後のシステム改革のポイントを掴んでいる。

図6−1 動物愛護政策に対する要望
平成12年 内閣総理大臣官房広報室より

今の日本には確実に必要である課題は、まず法律の強化である。改正すべき点の熟慮に加え、広く知れ渡るように、実効的であるよう変化させる必要がある。それを取り締まるアニマルポリスは、人間の利益を優先する今の警察体制を重ねるのでなく、動物を専門的に理解し識見のある機関として、設置する必要性を示唆する。また、資金や施設については、民間にその寄付を求めることや、行政に働きかけることも取り組み次第である。


1、意識改革
 どの分野でも、愛護意識を保ち続けることは非常に重要である。イギリスにおいても、動物愛護の理想的思想を徐々に伸ばし、構造を時代に合うよう変えてきた。
意識改革は、単に飼い主個人の問題ではなく、自己責任の徹底と同時に、社会的存在と捉え社会全体で取り組む意識を持つことが重要である。産業における意識についても、動物を扱う誇りや大切さを伸ばしていき、産業の健全化を図ることが重要である。
動物の存在は認められつつあるが、それを客観的に見ていては、問題の本格に触れることは出来ない。本格は両者の適正関係にある。まずは、意識的に動物を理解し、共存するスタイル構築のための意識を確立すべきである。
伴侶動物に対する個人の意識は高まりつつあるも、行政はその体制作りに消極的である。行政の中に動物関係の専門化が必ずしも多くなく、運営費も満足なものでない。動物愛護について定められた9月の20日から26日までは動物愛護週間 も効果のある広報活動を行う必要があり、今以上に実効性のある中身の検討が期待される。地域に密着した身近なものにならなければ、個人の意識を高めることは出来ず、動物に関して、関心を示すことが出来ない。かつて日本が行政に指示され進めた動物愛護では、人間の意識を向上させていくことが難しいことを証明している。イギリスにおいて、民間からの発信が実績を積み重ねていったように、動物愛護の姿勢を地域から発生させていくことは非常に重要である。
動物愛護の基本であり重要な課題であるのは、いかに国民に広く動物愛護思想を定着させていくかにある。特に、動物に対する関心は幼児期から芽生え、急速に成長することから、この時期から適切な教育を行っていくことを検討するべきである。そこには、抜本的に教育を行っていく必要性が指摘できる。その時期から教育することで、模範的な飼い主が増えていけば、動物を苦手と感じている人の意識も変わってくる。
外に連れ出すことの多い犬や猫は、地域にも密接しているので、規制やマナーを定着させなければならない。犬に関する法令上の扱いとして、登録制度と繋留義務があるが、最近では、登録を怠る飼い主が増加し、犬の正確な頭数の特定は難しくなっている。しかし都心での繋留義務は一般化しており、動物の本能が人間を傷つけることのないよう、動物が事故にあわないよう、犬及び猫の飼養及び保管に関する基準と飼い主は共通の意識を持っている。これに加えて、学校教育の工夫や動物愛護関係団体に対する資金上の支援などについて適切な対応は求められ、動物愛護団体にも精力的な活動が望まれる。


2、構造改革
現在の動物増加から、動物を社会から排除することは現状に見合わない。社会が受け入れるシステムに変革していくのが合理的であり妥当である。
自治体や動物愛護相談センターでは、致死処分が実施され、命の尊さに対する意識が非常に薄いと感じられる。またその現状を知る機会が少なく、動物の命が軽視されていることに気づきづらい。しかしながら、前提として、動物を殺すシステムに問題がある。そのシステムを変えていかなければ、殺処分される動物は減らない。引取った動物を殺す構造を変え、リフォーミングの徹底やその動物のアフターケアのシステムを構築する必要がある。
また理想的な飼い主を増やすため、飼い主の責任強化のため、講習会など一般的に国民が知りやすいよう情報提供することが徹底化される必要がある。現在でもその活動は行われているが、社会には浸透しておらず、呼びかけも少ない。
動物の存在意義を明確にし、見えない部分で虐待、ネグレクトや捨てられるという実態があってはならない。虐待は人間同士にでも存在し、不透明性の強い家庭内の動物はより可能性が高いと考えられる。政府や団体の介入が少なく、虐待が表に出ない分、実情は計り知れない。人間の場合、言葉や環境や生活から発覚が可能だが、動物愛護法に更に重みを持たさなければならないし、法律の理解と活用する団体を確保しなければならない。馬鹿可愛がりされる動物だけが幸せなだけでは、人心の荒廃は防げないし、命を大切にすることにはならない。
私たち人間は、一度人間の手に触れた動物には責任があることを自覚しなければならない。しかしながら、自分の身近な問題として捉えるには、情報が少なく、一歩踏み出すに至らない。行政や産業における構造改革を行い、国民の意識を惹きつけるような実行力をつけるべきである。


3、適正関係の模索
国際化が進む現在、日本は他の国に格段に劣る体制を取っていることに気づかされる。伴侶動物の重要性伸ばしている先進国のイギリス・アメリカ・オーストラリアの運用を参考に、日本の在り方を確認していかなければならない。国際連合が、動物の生命を尊重し、地球全体同質を考え制度にしていく運動を展開している中、外国並みの動物愛護が出来ないという言い訳は通用しない。
改正された動物愛護法に関しても、活発的な運用でない。積極的に運用すれば、動物愛護精神の向上と定着が望める。自分の飼育している動物を捨てる行為が、30万以下の罰金であることを確認する必要性も感じるが、それより重要なのは、命ある動物を捨てるという行為は家族を捨てることと同等であることの意識である。人間と動物ではその権利が違いがあり、両者に同じ権利を求めるものではない。しかし、人間は伴侶動物に対し、人間の本質から動物の存在意義を確認していると考えられる。それを認めているが故に動物愛護法があり、現代社会のように伴侶動物の増加が見られる。その存在を伴侶動物の権利として認めることは、虐待や放置を減少させ、人心の荒廃を防止する役割をも持つ。それは両者にかかる良法であり、同じ動物としての価値を認識していかなければならない。民法では、食物連鎖に係る家畜はすでに対象外で、伴侶動物においても権利はなく、動物を自由に扱うことができるが、それを助長させてしまうのは、動物愛護法の運用が活発でないためである。
飼い主は、責任が重大であり、自分と伴侶動物との関係をしっかり見つめなければならない。それぞれの位置と役割を確認し、あるべき関係を再検討するべきである。人間の利益のため、自然界を離れた伴侶動物は、人間社会での生活を余儀なくされている。つまり独立では生活できず、飼い主に依存する動物となり、伴侶動物の問題は飼い主の問題であるといえる。飼い主はパートナーとなる動物の種類を慎重に選別し、その動物の知識を得、人間の役割を全うすることを人間の責任であると考える。また行政は、統括的に観る重要性を意識し、今の活動が不十分であることを確認するべきである。伴侶動物は数が増え、その効果は社会的にも認められつつある。しかし一方、動物に対する残虐な現状を掌握できておらず、行政の重要性を認識できているとは思えない。
また、動物の保護の観点から、動物を飼う資格のない人間を判断し、そこで飼われていた動物をリフォーミングすることをより深め、殺処分のシステムを撤廃させることが、近い将来の目的になると考える。意識と構造を混在させ、開かれた社会が実現すれば、行動の制限や非難中傷は数を減らすであろう。欧米のように公共機関の利用や公園の利用も可能となる。動物はきちんと飼養することで、汚いものではなくなり、そのためのサロンや病院も充実化してきている。動物が得意でない人も、健全な飼養や取り締まりで、意識を変えることが出来、一つのコミュニティとして存在できると考える。
自然界から隔離された社会では、動物が独立で生活することは出来ず、すべて飼い主に依存している。このような動物が起こすトラブルは、すべて飼い主の問題なのである。飼い主はまず、自分自身を見つめ、パートナーとなる動物を絞り込み、よく調べ、知識を得なければならない。気ままにパートナーを選んでしまえば、場合によっては動物を手放さなければいけない事態さえ予想できる。飼い主にとっては、ただの努力不足で自業自得かもしれないが、動物にとってはそう簡単なものではない。飼い主の無思慮による不幸は、なんとか回避する必要がある。きちんとした生活設計を持って飼養し、動物に対し開かれた社会を構築するべきである。しかし、現在は、社会がコンパニオン・アニマルに対し閉鎖的で、飼い主支援のシステムが整備不十分であるため、両者にとってよりよい状況を生み出すべく、努力をしなければならない。愛情を上滑りさせているだけでは、ペット産業の食い物にされるだけで、良い社会を作り上げていくことは出来ない。ペット産業との関係や社会との関係では、正しい選択眼を持った飼い主が、健全なる社会を築くことになる。個々の飼い主の知識や経験が、全体の共通の財産と力になるよう、社会を構築していかなければならない。
法律は甘く、取り締まる体制が整っていないが、伴侶動物に対する環境整備は難しく厳しい。 現在のこの状況は更なる不幸な動物を生み、増加させる原因である。都市部で暮らす動物のため、開かれた社会にするためには、ペット産業に対しても意識改革と構造改革を行う必要があると考える。
動物は人間にとってなくてはならない存在である。特に伴侶動物は、心に癒しや安らぎといった精神的な暖かさを与える存在で、人間では与え合えない特別な価値を持っている。人間は動物に対し特別な感情を抱き、もはや単に「可愛い・愛玩」といった表面的な付き合いにはなっていない。人間が、仕事や家庭おいて緊張感を持つ時代、動物とのコミュニケーションは、安らぎをもたらし、動物を伴侶として存在させる要因である。 動物が人間を成長させることも、動物の重要性を示している。 また、伴侶動物には、親離れがない。常に人間に頼り、自立で生活することはない。その分、動物は人間に懐き、人間は動物をコンパニオン・アニマルとして育てていくのである。
現在の歪んだ動物に対する取り組みを改善いくのは、簡単なことではない。課題は山積みで、更正していくべき点は数限りなくある。しかし現状は、愛護とは思えないほど酷いものであり、人間の姿勢に疑問が持たれる。更には、人間にコンパニオン・アニマルを育てる資格があるのかさえ、問われてくるだろう。とはいえ、人間と動物は、両者に必要な存在であり、現代は両者のためのより良い社会へと変化させる時である。
何よりも重要なのは、動物を思う気持ちである。個人が変われば社会が変わり、社会が変われば個人も変わり、そのことが両者の住みやすい場所になると確信する。

文献目録
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有馬もと『人はなぜ犬や猫を飼うのか』大月書店、1996年。
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井上民ニ・和田英太郎・編『生物多様性とその保全』岩波書店、1998年。
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江藤文夫(ほか)・編『コミュニケーション史』研究社出版、1973年。
大島守正『ペットの飼い方』主婦と生活社、1966年。
カタリナ房子『ペットロスから立ち直るとき』ハート出版、2002年。
川道美枝子・岩城邦男・堂本暁子・編『移入・外来・侵入種:生物多様性を脅かすもの』築地書館、2001年。
ゲーリー・コワルスキー『癒される日々―ペットの死をこえて』晶文社、2000年。
小森厚『動物を飼育する―現代の記録 動物の世界5―』紀伊国屋書店、1964年。
佐久間功『3日でわかる動物のふしぎ』ダイアモンド社、2001年。
芝内裕子・大塚敦子『都会で犬や猫と暮らす―なぜいま動物との関係が大切なのか―』岩波ブックレット、No,568。
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津田望『アニマルセラピーのすすめ』明治図書出版、2001。
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動物愛護管理法令研究会・編『改正動物愛護管理法―解説と法令・資料―』青林書院、2001年。
ドナルド・R・グリフィン『動物の心』青土社、1995年。
長尾美夏子・小林覚・小松初男・篠宮晃・岩知道真吾『ペットの法律相談 改訂版』青林書院、1997年。
中澤秀章・監修『ポケット図鑑 世界の犬』成美堂出版、2000年。
沼田陽一『イヌはなぜ人間になつくのか』PHP 研究所、1990年。
猫の手帖編集部・編『小さな命を私は救いたい』どうぶつ出版、2000年。
野村潤一郎『Dr,野村の猫に関する100問100答』メディアファクトリー、2001年。
野村潤一郎『ペットの福音』岳陽舎、1999年。
林良博・『検証アニマルセラピー ペットで心とからだを癒せるか』講談社、1995年。
林良博・近藤誠司・高槻成紀『ヒトと動物』朔北社、2002年。
パトリック・トール『ダーウィン』創元社、2001年。
P・Rメッセント『動物大百科 第11巻 ペット(コンパニオン動物)』平凡社、1987年。
深谷翼『ペット事故の法律相談』学陽書房、1985年。
藤井孝夫『愛玩犬の飼育と繁殖』文研出版、1981年。
藤原英司『アフリカの野生動物保護』中央公論社、1976年。
星三光『家庭犬』ジャパンケンネルクラブ、524号、2003年5月号、8ページから。
星三光『家庭犬』第530号、2003年12月号。
ペット六法編集委員会『ペット六法 第一版 法令編』誠文堂新光社、2002年。
ペット六法編集委員会『ペット六法 第一版 用語解説・資料編』誠文堂新光社、2002年。
ボリア・サックス『ナチスと動物』青土社、2002年。
Mimi『Dear,こげんた』ハート出版、2004年、全頁参照。
宮澤勝『日本の犬は幸せか』草思社、1997年。
山田昌弘『家族ペット』サンマーク出版、2004年。
吉田千史・監修『愛猫/小鳥・小動物たちへ』アスペクト、1999年。
吉田真澄『ペットの法律案内』黙出版、2000年。
吉行瑞子・監修『世界をひらく窓4 動物』大平印刷社、1989年。
リンダ・A・コウリー『犬の弁護士・事件簿』メディカルパースペクティブス、1999年。
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RSPCA『RSPCA_News』2004年9月8日閲覧、http://www.rspca.org.uk/servlet/Satellite?pagename=RSPCA/News/NewsFeature
kanako「RSPCA」2002年7月25日更新、2002年8月29日閲覧、http://www.kanakana.com/animalpolice/index.html
環境省HP 「動物取扱業者数」2004年9月5日閲覧、 http://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/pamf_rep/pdf/14_2.pdf
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http://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/pamf_rep/pdf/14_3.pdf
環境省委員会管轄「動物愛護法改正議事録」1999年、環境委員会管轄、本論文に引用したのは、kanako、2003年1月30日閲覧、http://www.kanakana.com/hajineko_wish/file05.html
Dear.こげんた「こげんたちゃん事件」2002年7月4日更新、2002年12月20日閲覧http://kanakana.com/kogenta/file.html
東京都衛生局、東京都動物の愛護及び管理に関する条例施行規則2004年10月27日更新、2004年11月1日閲覧、http://www.reiki.metro.tokyo.jp/reiki_honbun/ag10110061.html
東京都衛生局パンフレット『知らなかったじゃすまされない』
東京都八王子保健所・生活課・藤澤美和子さんよりリスニング。2002年9月22日。
ビデオ:シュヴァン『共生時代の動物「事件」簿』小学館(TBS報道局)、1999年。

ハルさん、論文掲載させてくださってありがとうございました!

kanako


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